自閉症スペクトラムの謎を解く
高機能アスペルガー障害は、話ことば獲得障害
最新の学問的成果と手記・症例をもとに自閉症を解明する！
高機能アスペルガー障害者が、困難な人生を送らざるを得ないのは、
話が出来ても他者とのコミュニケートができない、いわゆる話ことばを獲得できなかった、
そして情動をともなった身体運動感覚を獲得できなかったことによる。
巨匠サルトルは、なぜフローベールの膨大な評伝『家の馬鹿息子』を遺そうとしたのか？
- 発売日 ： 2016年04月25日
- 著者 ： 別府真琴
- 発行 ： 花伝社
- 発売 ： 共栄書房
- ページ数 ： 210p
- ISBNコード ： ISBN978-4-7634-0771-9
- 値段 ： ￥１，７００（税別）
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商品説明（まえがきより抜粋）
従来、自閉症スペクトラムは、明確な根拠も無いまま、先天的に起こるものとされてきた。母親の自責の念を考慮して、日本小児神経学会は、客観的に妥当と思われる後天性説が無かっ
たことにもよるが、そのように対外的に対応してきたのである。最近、高機能アスペルガー障
害の人たちの手記が次々と出版される風潮のなかで、彼らは、自分たちの様態を、先天性のも
のだときっぱり結論づけている始末である。これは、自閉症専門家が、彼らに自閉症スペクト
ラムは先天性のものだと説明しており、彼らはそれをそのまま信じて自分の著作でそのうよう
に述べているのである。
この傾向は、学術的に勘案した場合看過し得ないものとなっている。自閉症の専門家は、乳
幼児がどのようにしてことばを獲得していくのかというプロセスさえ理解しておらず、また、
ことばを、話ことばと読み書きことばに区別して考えてこなかったと思われる。したがって、
自閉症の成因について語る資格を有しているのか疑問にさえ思われるのである。
前著『なぜ自閉症になるか――乳幼児期における言語獲得障害』では、先天性説を否定し
後天性説を新たに提起した。しかるに、母親への影響を考慮して、自閉症の実例として挙げた、
クララとエリー、シャロット・ムーアとジョージ＆サム、チャールズ・ハートとテッド、ロビ
ン・Ｈ、キャサリン・モーリスとアンなどの物語は、ロビン・Ｈの例を除いて、すべて良妻賢
母の母親像を示しているものばかりである。これらの物語は、自閉症を引きおこすような要因
となるべきものは、あからさまには示されていない。しかしながら、これら五症例はすべて、
自閉症の成因として言語獲得障害、とくに話ことばの獲得障害を窺わしめるものである。
根拠のないまま先天性説が維持されていることは、自閉症者の療育についての関心だけが高
まり、成因研究はなされないまま、蚊帳の外におかれた状態で推移することになる。それにと
どまらず、素人が先天性のものだと決めつけている始末であり、それらの手記を目にする母親
もそのように理解してしまうようである。
自閉症スペクトラムの一画を占める高機能アスペルガー障害者は、ことばを喋れるのでは
ないかという反論が前著に対してみられる。前著において、そのことを述べたつもりである
が、専門家でさえそれぐらいの理解なのである。そこで、この著では、「自閉症スペクトラム
の謎」を高機能アスペルガー障害児の視点、様態を理解することに要点をおき、論を推して進
めたいと思う。具体的には、手記を出版している、藤家寛子、森口奈緒美、泉流星、ロビン・
Ｈ、グニラ・ガーランド、ドナ・ウィリアムズなどの著作で、話ことばの獲得が十分でなかっ
たために、読み書きことばの習得に専念し、高機能アスペルガー障害者になったことを述べた
いと思う。要するに、話ことばを獲得出来なかったということは、普通になれなかった、普通
のこころをもてなかったということだ。また、自閉症専門家でもまだあまり理解されていない
ようである身体運動感覚異常とくに固有感覚異常が話ことば獲得障害によって生じることを示
したいと思う。
これらの六症例のなかで、ドナ・ウィリアムズの手記『自閉症だったわたしへ』（新潮社、一
九九三年）、『こころという名の贈り物――続・自閉症だったわたしへ』（新潮社、一九九六年）、
『ドナの結婚――自閉症だったわたしへ』（新潮社、二〇〇二年）の三部作は、途中経過ともいう
べき三〇歳までの一人の女性の人生の前半期を綴った実話である。他人の話を理解することと、
自らが話すことに困難を抱え、人に理解されない人生を送らざるを得なかった女性の物語であ
る。
しかし文章を読んで理解することは多少の問題があるにしても可能であり、自分や他人の
行動について深く考えることができ、文章を書くことはこのような三部作にみられるとおり、
見事な才能さえ感じさせるのである。そしてこの手記そのものが、自閉症は先天性ではなく、
話ことばを獲得できなかったために発症することの証拠を数多く提起してくれているのである。
高機能アスペルガーといえば、ドナ・ウィリアムズにとどまらず、知の巨匠・サルトルの
フローベールの大部の評伝を紹介せねばならないだろう。フローベールとは、「ボヴァリー夫
人」というフランス文学史上に燦然と輝く作品を残した作家である。なぜ、サルトルは、邦訳
において二〇〇〇頁を優に超えるような大部分のフローベールの評伝『家の馬鹿息子』（人文書院、
全三巻）を遺そうとしたのか。それまで多彩な領域で、人間の本性を研究してきたサルトルが、
最期に辿りついたロゼッタストーンである。サルトル自身は、自閉症スペクトラムについて知識があった
わけではないので、ロゼッタストーンを解読したという意識はなかったと思われる。しかし知
られてはいないが、まさに、『家の馬鹿息子』は、フローベールは高機能アスペルガー障害児で
あったということを世に知らしめているのである。
前著で、自閉症スペクトラムの成因は言語獲得障害であるという仮説を提唱したのであるが、
二〇一二年、英医学誌『BMC Neuroscience』誌上において、拙著の仮説を証明してもらうこ
ととなる京都大学、佐藤弥の論文が発表されていることを知った。
表情の視覚分析に関わっている上側頭溝と、他者の運動と自分の運動を結びつけるミラー・
ニューロンがある下前頭回との間の神経回路が、自閉症障害者で機能不全に陥っていることが、
佐藤弥の研究によって明らかにされていたのである。上側頭溝と下前頭回の神経ネットワーク
は、まさに乳幼児が話ことばを獲得していくには、働かねばならない必須の神経回路である。こ
の回路が自閉症で働いていないということは、自閉症は話ことば獲得障害であることになる。
したがって、ここで新に佐藤論文を紹介させていただき、自閉症は、言語獲得障害によっ
て生じることをあらためて皆さんに再確認してもらうことを望んでいる。
目次
まえがき
はじめに
Ⅰ章 話ことば獲得障害者
視線触発――相互模倣ゲーム・視線触発・図式化（話ことば発生の基礎）・まとめ・話ことばと固有感覚（からだのアイデンティティの形成）・ことばとからだ・固有感覚（自己のアイデンティティ） 自閉症スペクトラムにおいて、ミラー・ニューロン回路不全がある ごっこ遊覚的空想）の欠如 相互模倣ゲーム、視線触発の欠如は、自閉症スペクトラムを生む 定型発達者は言語概念で思考し、視覚優位の自び（知閉症者は視覚イメージで思考する 空間知覚概念の異常 クレーン現象と人称代名詞 メタ認知障害 親のハグの欠如の代替え感覚が狭い空間を好むようになる 常識の欠如・範疇的汎化機能不全のための偏食
◆◆ コラム ◆◆「口承文化におけることばとからだの結びつき」を歴史的にみる
Ⅱ章 サルトルが遺したフローベールの評伝
サルトルは、なぜフローベールのあのような大部分の評伝を残したのか 乳幼児期におけることばとのまずい関係 話ことばと読み書きことば 話ことば獲得のまずさ――合意的コミュニケーション相互作用構築の失敗 ギュスターヴの話ことば獲得の状態 馬鹿正直 こころのソフトは言語である、社会の構成要素・人間関係は言語である 母親のペルソナ（人柄、役割） 普通にはなれなかったが、大作家になった
Ⅲ章 口承世界を経ずに識字世界に入ってきた少年――カスパー・ハウザーの物語
Ⅳ章 高機能アスペルガー――ドナ・ウィリアムズの物語
ドナの決心 築けなかった話ことばによるコミュニケーション セオ・マレクのカウンセリング ドナ・ウィリアムズの固有感覚異常
Ⅴ章 高機能アスペルガーは話ことば獲得障害で起こる
『他の誰かになりたかった――多重人格から目覚めた自閉の少女の手記』・広汎性発達障害の特徴・間身体的アルゴリズムの欠如 『変光星――自閉の少女に見えていた世界』森口奈緒美著、花風社、二〇〇四年・母の認識 三〇代半ばでアスペルガーと診断された泉流星・誤解や行き違いがわからない 高機能自閉症、ロビン・Ｈ グニラ・ガーランド・姉の模倣で読み書きことばを獲得する・「こうなるはず」、「こうするつもり」の世界が可能にする・グニラの苦悩・話をするために台本を作る
Ⅵ章 総論――高機能アスペルガーは、話ことば獲得障害で発症
補遺
本文注
参考文献
あとがき
著者紹介
別府真琴（べっぷまこと）
１９３９年大阪府豊中市生まれ。神戸大学医学部卒業後、神戸大学第二外科を経て、兵庫県立西宮病院外科部長として。専門は消化器外科、特に肝臓胆道膵臓外科。1995年退官。外科医時代から関心があった、西洋医学を基礎にしながらもその欠陥を補完する医療の研究に従事。
現在、別府内科クリニック院長。
著書：｢意識呼吸のすすめ」、「自分らしさのタイプＢ」（いずれも朝日ソノラマ）など。
